腰を滑つて、波のやうに足もとに流れてゐる。色彩の配合を見ようとして、煤ばんだ扉に額を押付けると、灯はまた消えかかる。臆病な小僧はやにはに燃殼を振り捨ててしまつた。――うす暗い闇に黴臭い香氣が、微かに鼻に沁み込んで來る。
 私の見たところでは、この佛には別に際立つてこれといふ程の秀れた技術も無ければ、人の心を引き入れるやうな力にも乏しい。が、それでも一度は人間の生活と技能の力の源泉となつた事もあつたのである。しかし今となつては、その力のすべてはまたもとの人間自らに歸つて來て、人はもうさげすんだといつた風な――さうでなくとも、詰らないといつたやうな眼つきをして、この佛達に向ふやうになつて來た。思ふに人間には永久に若からうとする心の傾向が有る。偶像破壞はこれに伴ふ必然の努力で、私達の生活とその周圍とを通じて、どんな時にも、どんな處にも絶えず繰返されてゐる。してみれば、私は道樂者の物好きな眼で、天女の姿を見入つたほかに、も一度虐殺者の氣持をもつて、このみじめな犧牲を見直さなければならぬ。――さうだ、さうでなくて、どこに新人の觀察があらうと、私はまた後を振りかへつた。
「どうかも一度……」
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