僧はふくれつ面をして、口の内でぶつくさ呟きながら、やけに火を磨つた。ぱつと明りが射すと、佛の姿は流星のやうに現れて、やがてまたふつと消えてしまつた。さつきから肚の中で少し※[#「弗+色」、第3水準1−90−60]《むく》れてゐた、この年つ喰ひの惡戲者は、三度目の明りは磨るが早いか、すつかり燃え切らないうちに、さつさと放り捨ててしまつたので、燃殼の床にけし飛んだのを、きよときよとした顏つきで、皮膚の硬つぱしさうな踵でそつと踏み消してゐる。
 死にかかつた佛の御蔭で、あのちんちくりんな躯を養つてゐる西大寺の小僧は、とんだ所でまぐれあたりに御爲奉公をした譯で、第三の明りでは、私はなんともつかぬあやふやな感じを得たに止まつた。が、しかし世の中はすべてかうしたもので、蝉や小禽の死骸が、滅多に私達の眼に見つからないやうに、神も佛も人知れずこつそり亡くなつてゐるので、お蔭で私達も氣持を惡くせずに濟むのかも知れない。して見れば私は二重にお慈悲を蒙つたやうな次第……………………
 私は默つて寺を出て來た。



底本:「現代日本紀行文学全集 西日本編」ほるぷ出版
   1976(昭和51)年8月1日初版
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