一寸好い事がおすさかい。」
と言つて、すばしこく香盤の側へ飛んで行つたかと思ふと、にこにこもので燐寸《マツチ》を弄くりながら歸つて來た。默つて一本を磨ると、黄いろい光明がぱあつとあたりに射した。
塗の剥れかかつた扉の影を半身に受けながら、輪郭のはつきりした顏が、くつきりと御厨子の暗に浮出して來た。切長の眼は心もち伏目に、ひ弱な火影の煽るに連れて、おどおどした、どうやら少しはにかんだ調子が見える。私はその容子が知人の誰かに似てゐるやうに思つて、まじまじと見入つてゐると、火は容赦なく段々と手元に燃え移つて來たかして、小僧は、
「あつ………………」
と仰山に叫んで、慌てて指につまんだ燃えさしを取り落したので、佛の顏はまたもうす暗い闇ににじみ込んでしまつた。
灯はまた點された。
「どうぞこころもち下げて…………」
と言ふと、小僧は面倒臭いといつた風に、ぐいと手元に押下げる。
…………胸から腰へかけての肉づきは、ふつくりとして如何にも氣持がよい。名高い秋篠寺のそれとは異つて、これは定つた型のやうに左手に天華を捧げ、右手はずつと膝に垂れて、心もち裾をからげてゐる。やはらかい衣の皺襞はするりと
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