ところで、頬白だつたら山雀のやうにこつちの思ひ通りに藝を仕込むわけにはゆきませんからね」
といつてゐます。老紳士は閑《ひま》にまかせて自分の好みを、小さな鳥の上に一つ残しておきたいらしく見えました。
二
山雀といへば、私の子供の頃よく顔を見知つてゐた、親類つづきの山崎老人のことを思ひ出します。山崎老人は負け嫌ひな、気性の激しい上に、時勢に対する適応性と才能とを欠いでゐたために、毎日毎日いらだたしさから、自分で自分の生活を腐蝕してゆくよりほかには仕方がなかつた人でした。都会でも、田舎でも、旧家が衰へ初める頃になると、変質的によくかうした主人を産み出すものです。
老人の激しい気性は、自然村の人たちをその身辺から遠ざけました。老人は話相手のない所在なさといらだたしさとから遁れるために、毎日鉄砲をかついで、野山へ出かけました。そして見あたり次第に兎を撃ちました。狐を撃ちました。鼬《いたち》を撃ちました。鳶を撃ちました。烏を撃ちました。雀を撃ちました。一度などは、鯉をとるのだといつて、淵のなかにさへ撃ち込みました。
ある時山崎老人は、いつものやうに鉄砲をかついで山の奥へ
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