入つてゆきました。こんもりした谷の繁みで、老人は一人の若い男が小鳥の巣をさがしあててゐるのを見つけました。
「何の巣だい、それ」
 老人は近寄つて訊きました。鉄砲をさげた、眼のきよろきよろ光るこの老人を、胡散《うさん》さうに見返りながら、若い男はぶつきら棒にいひました。
「山雀の巣だよ」
「それを捕つてかへらうといふのかい」
「さうだよ」
「ならぬ、そんなこと」
「なぜ、できないんだ」若い男はむつとした顔をあげました。「俺らかう見えても、商売人だからな。ここいらの山からは、いつも荒鳥《あらとり》をひいて帰るんだよ」
「いよいよ怪《け》しからん奴だ。ここいらの山を誰のものだと思ふ。みんなわしのものだぞ」
 老人は口から出まかせのことを言つて、ちよつと威張つてみせました。
「よしんば山がお前さんのものだつて、巣くつてる鳥まで自分のものだとは言ふまい」
「いや、言ふとも。わしの山にゐる小鳥は、みんな俺のものだ。指一本差さしはせんぞ」
 老人は山の上に輝いてゐるおてんたう様をも、自分のものだと言ひかねまいほどの意気込みを見せました。
「そんなに威張つたつて、俺が見つけたものを俺が持つて帰るのに
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