あまり可哀さうだとはおもひませんか」
 婦人は疳《かん》の高い、きいきいした声を立てました。
「まるで猫狂ひや」爺さんは独語《ひとりごと》のやうに言ひました。「わてがあやまつたら、あんさんは満足だつしやろが、それ聞いたかて、死んだ猫は生きかへらしまへんぜ、奥さん」爺さんは投げ出すやうに言つて、路の真ん中に曳き捨てておいた自分の荷車のはうにそろそろ帰りかけようとして、その蔭に立聴きをしてゐる私の姿が目に入ると、ちよつと笑顔を見せて、「なあ、旦那はん」とつけ加へました。
 その瞬間、私は婦人の敵意ある眼をちらと顔に感じました。婦人はやがて腰を屈《かが》めて、取り出した手巾《ハンケチ》のなかに小さな黒猫の死骸を包みました。そして側《そば》に立つて不思議さうにそれに見とれてゐる三、四人の子供たちに呼びかけました。
「いい児だから、あなた方、この猫の子をどこかに埋めてくれない。お駄賃にこれをあげますから」
 婦人の指の間には、五十銭銀貨が光つてゐました。子供たちは黙つて互ひに顔を見合せましたが、誰ひとり手を出さうとはしませんでした。
 それを見た荷車曳きの爺さんは、また後《あと》がへりをしてきて
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