した。「猫にあやまれなんて、阿呆らしいこと言ひなんな。わてかう見えても人間だつせ」
このとき、死にかかつた小猫は痙攣《ひきつ》るやうに後脚をびくびく顫《ふる》はせて、真つ黒な頭を持ち上げようとしましたが、雑文ばかり流行《はや》つて、一向秀れた創作が出ないと言ふ批評家の言葉が耳に入つたものか、それとも小猫にあやまらさうとする婦人の言葉を洩れ聞いて、もしかそんなことにでもなつたなら、一番挨拶に困るのは自分だと思ふにつけて、急に世の中が厭になつたかして、そのままぐつたりとなつて息が絶えてしまひました。
そんなことに頓着のない二人は、哀れな小猫の死骸の上で元気よく喧嘩を続けました。婦人は言ひました。
「さうです。あなたは人間です。だからあやまらなくちやなりません。あなたが過失《あやまち》にしろ小猫を轢き殺したのは悪いことです。自分のした悪いことを後悔してそれをあやまるのは、人間だけにしかできないことなんですからね」
荷車曳きの爺さんは、冷やかに答へました。
「さよか。そないお談義やつたら、また今度の折にしてもらひまつさ。わてらその日稼ぎだすよつて、忙しおますからな」
「それぢや、猫の子が
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