黒猫
薄田泣菫
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)手拭《てぬぐひ》で
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)荷車|曳《ひ》きの
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]〔昭和2年刊『猫の微笑』〕
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「奥さん、謝れなら謝りまんが、それぢやお宅の飼猫だすかいな、これ」
荷車|曳《ひ》きの爺さんは、薄ぎたない手拭《てぬぐひ》で、額の汗を拭《ふ》き拭き、かう言つて、前に立つた婦人の顔を敵意のある眼で見返しました。二人の間には、荷車の轍《わだち》に轢《ひ》き倒された真つ黒な小猫が、雑巾のやうに平べつたくなつて横たはつてゐました。
六月のむしむしする日の午後でした。私は大阪のある場末の、小学校裏の寂しい裏町を通りかかつて、ふとこんな光景を見つけました。
「いいえ、宅の猫ぢやありません。うちの猫だつたら、こんなとこに独り歩きなぞさせるもんですか。可哀さうに」
婦人のそばかすだらけの顔は、憎しみでいくらか曲つてゐるやうに見えました。小さな鼻の上には、脂汗が粒々になつて溜つてゐました。間違ヘやうもな
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