なければならないといふ、これまでの言傳へをそのまま信じてゐたに過ぎなかつた。
 で、仙人は空を飛んだ。砂漠のやうな乾いた空をあちこちと飛び歩いて、かうして高く揚る事の出來た心掛を、獨りで得意がつてゐると、ちやうどその足もとの久米の里では、小河の河つ縁で濯ぎ物をしてゐる女がある。女の著物の裾をやけにたくしあげてゐるので、ふつくりと肥えた脛がよく見える。
 それが眼にとまると、これまで押へに押へた仙人の感覺は、蠍《さそり》のやうに眠りから覺めて、持前の鋭い刺激を囘復した。そして新しい彈力で一杯になつたその肉體は、干葡萄のやうに萎びきつた靈の高慢くさいのを嘲笑つた。
 靈は默つてその侮辱をうける他はなかつた…………と思ふと、久米の仙人は※[#「隔のつくり+羽」、第3水準1−90−34]《はぐき》を打たれた鳥のやうに、もんどりうつて小河の河つ縁に落ちて來た。その刹那に新しい價値の世界の薄明が、かすかに動いたに相違ない。
 ニイチエのツアラトウストラは The cow of many Colours といつた市街で、心の三段變りといふ事を説いた。心が重い荷物を背負つて駱駝となつて沙漠の旅に出た。
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