わり]
という句がどこぞで刻《きざ》んではないかと思った。余はこの時すでに常態《じょうたい》を失《うしな》っている。
 空濠《からほり》にかけてある石橋を渡って行くと向うに一つの塔がある。これは丸形《まるがた》の石造《せきぞう》で石油タンクの状をなしてあたかも巨人の門柱のごとく左右に屹立《きつりつ》している。その中間を連《つら》ねている建物の下を潜《くぐ》って向《むこう》へ抜ける。中塔とはこの事である。少し行くと左手に鐘塔《しゅとう》が峙《そばだ》つ。真鉄《まがね》の盾《たて》、黒鉄《くろがね》の甲《かぶと》が野を蔽《おお》う秋の陽炎《かげろう》のごとく見えて敵遠くより寄すると知れば塔上の鐘を鳴らす。星黒き夜、壁上《へきじょう》を歩む哨兵《しょうへい》の隙《すき》を見て、逃《のが》れ出ずる囚人の、逆《さか》しまに落す松明《たいまつ》の影より闇に消ゆるときも塔上の鐘を鳴らす。心|傲《おご》れる市民の、君の政《まつりごと》非なりとて蟻《あり》のごとく塔下に押し寄せて犇《ひし》めき騒ぐときもまた塔上の鐘を鳴らす。塔上の鐘は事あれば必ず鳴らす。ある時は無二に鳴らし、ある時は無三に鳴らす。祖《そ
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