ヘ覚えずギョッとする。女は白き手巾《ハンケチ》で目隠しをして両の手で首を載《の》せる台を探すような風情《ふぜい》に見える。首を載せる台は日本の薪割台《まきわりだい》ぐらいの大きさで前に鉄の環《かん》が着いている。台の前部《ぜんぶ》に藁《わら》が散らしてあるのは流れる血を防ぐ要慎《ようじん》と見えた。背後の壁にもたれて二三人の女が泣き崩《くず》れている、侍女ででもあろうか。白い毛裏を折り返した法衣《ほうえ》を裾長く引く坊さんが、うつ向いて女の手を台の方角へ導いてやる。女は雪のごとく白い服を着けて、肩にあまる金色《こんじき》の髪を時々雲のように揺《ゆ》らす。ふとその顔を見ると驚いた。眼こそ見えね、眉《まゆ》の形、細き面《おもて》、なよやかなる頸《くび》の辺《あた》りに至《いたる》まで、先刻《さっき》見た女そのままである。思わず馳《か》け寄ろうとしたが足が縮《ちぢ》んで一歩も前へ出る事が出来ぬ。女はようやく首斬り台を探《さぐ》り当てて両の手をかける。唇がむずむずと動く。最前《さいぜん》男の子にダッドレーの紋章を説明した時と寸分《すんぶん》違《たが》わぬ。やがて首を少し傾けて「わが夫《おっと》
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