《こが》な文字をとどめ、あるいは盾《たて》の形を描《えが》いてその内部に読み難き句を残している。書体の異《こと》なるように言語もまた決して一様でない。英語はもちろんの事、以太利語《イタリーご》も羅甸語《ラテンご》もある。左り側に「我が望は基督《キリスト》にあり」と刻されたのはパスリユという坊様《ぼうさま》の句だ。このパスリユは千五百三十七年に首を斬《き》られた。その傍《かたわら》に JOHAN DECKER と云う署名がある。デッカーとは何者だか分らない。階段を上《のぼ》って行くと戸の入口に T. C. というのがある。これも頭文字《かしらもじ》だけで誰やら見当《けんとう》がつかぬ。それから少し離れて大変綿密なのがある。まず右の端《はじ》に十字架を描いて心臓を飾りつけ、その脇に骸骨《がいこつ》と紋章を彫り込んである。少し行くと盾《たて》の中に下《しも》のような句をかき入れたのが目につく。「運命は空しく我をして心なき風に訴えしむ。時も摧《くだ》けよ。わが星は悲かれ、われにつれなかれ」。次には「すべての人を尊《とうと》べ。衆生《しゅじょう》をいつくしめ。神を恐れよ。王を敬《うやま》え」とあ
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