えを覗《のぞ》いたような感じがする。余は黙《もく》して軽《かろ》くうなずく。こちらへ来たまえと云うから尾《つ》いて行く。彼は指をもって日本製の古き具足《ぐそく》を指して、見たかと云わぬばかりの眼つきをする。余はまただまってうなずく。これは蒙古《もうこ》よりチャーレス二世に献上《けんじょう》になったものだとビーフ・イーターが説明をしてくれる。余は三たびうなずく。
 白塔を出てボーシャン塔に行く。途中に分捕《ぶんどり》の大砲が並べてある。その前の所が少しばかり鉄柵《てつさく》に囲《かこ》い込んで、鎖の一部に札が下《さ》がっている。見ると仕置場《しおきば》の跡とある。二年も三年も長いのは十年も日の通《かよ》わぬ地下の暗室に押し込められたものが、ある日突然地上に引き出さるるかと思うと地下よりもなお恐しきこの場所へただ据《す》えらるるためであった。久しぶりに青天を見て、やれ嬉しやと思うまもなく、目がくらんで物の色さえ定かには眸中《ぼうちゅう》に写らぬ先に、白き斧《おの》の刃《は》がひらりと三尺の空《くう》を切る。流れる血は生きているうちからすでに冷めたかったであろう。烏が一疋《いっぴき》下りてい
前へ 次へ
全42ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング