八車を※[#「にんべん+雇」、675−13]《やと》って来て一晩寝ずにかかって自分の荷を新宅へ運んだのである。彼はすこぶる尨大《ぼうだい》なるシマリのない顔をしている。そこで申訳のために少々鼻の下へ髭《ひげ》をはやしてはいるが、なかなか差配に負けぬ抜目のない男と見える。
 我輩は亭主に自分の身体《からだ》はいつ移れるのかと聞いたら今日でもよいというから、午飯《ひるめし》の後妻君と共に新宅へ引き移る事にした。
 神さんと二人で午飯を食っていると亭主が代言人の所から帰って来て神さんに、御前一つ手紙をかいて差配の所へ郵便でやれ書留にしなくてはいかんといってまた出て行った。神さんはサラサラ何か書き始める。どんな手紙をかくか少々見たい心持でもある。やがて神さんは書き了《おわ》って「ちょっと○○さんこういう手紙なんです聞いて下さい」と高慢な顔をして手紙を読み始める。「拝啓妾は驚入申候。……どうですもう少しゆっくり読みましょうか……妾は驚き入申候。昨日は三度ならず四度までも留守宅へ御来臨の上|下婢《かひ》に向って妾ら身の上に関する種々なる質問を発せられ、それのみならず無断にて人の家を捜索なされ、あまつさえ下婢に向って妾はレデーの資格なきものなりなど余計な事を吹聴《ふいちょう》せられ候由、元来右はいかなる御主意に御座候や伺度候。この乱暴なる貴下の挙動に対し妾は弁解を求むる権利ありと存候。……こう云うのです。これがね策なんですよ」と云うから我輩も少々驚き入申しておるところだが、策って云うのはどんな策なんですと聞くと、先生いよいよ得意だ。ようござんすか、御手紙を書いてちゃんとこの通り控えをとっておくでしょう、先方でもしこの事件を裁判沙汰にする日にはこれが証拠《しょうこ》になって差配が乱暴を働いたという種になるのですよ。今までは女二人だと思ってずいぶん勝手な事ばかりしたのですが、今じゃ男がついているからそうばかり踏みつけられちゃいませんのさ、と間接に亭主の自慢を仰せられた。それから御待遠様それでは出かけましょうと云うから出かけた。我輩は手提革鞄《てさげかばん》の中へ雑物を押し込んですこぶる重い奴《やつ》をさげてしかも左の手には蝙蝠《こうもり》とステッキを二本携えている。レデーは網袋の中へ渋紙包を四つ入れて右の手にさげている。この渋紙包の一つには我輩の寝巻とヘコ帯が這入《はい》っているんだ
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