倫敦消息
夏目漱石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)真面目《まじめ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)古色|蒼然《そうぜん》としていて

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]
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        一

(前略)それだから今日すなわち四月九日の晩をまる潰《つぶ》しにして何か御報知をしようと思う。報知したいと思う事はたくさんあるよ。こちらへ来てからどう云うものかいやに人間が真面目《まじめ》になってね。いろいろな事を見たり聞たりするにつけて日本の将来と云う問題がしきりに頭の中に起る。柄《がら》にないといってひやかしたまうな。僕のようなものがかかる問題を考えるのは全く天気のせいや「ビステキ」のせいではない天の然らしむるところだね。この国の文学美術がいかに盛大で、その盛大な文学美術がいかに国民の品性に感化を及ぼしつつあるか、この国の物質的開化がどのくらい進歩してその進歩の裏面にはいかなる潮流が横わりつつあるか、英国には武士という語はないが紳士と〔いう〕言があって、その紳士はいかなる意味を持っているか、いかに一般の人間が鷹揚《おうよう》で勤勉であるか、いろいろ目につくと同時にいろいろ癪《しゃく》に障《さわ》る事が持ち上って来る。時には英吉利《イギリス》がいやになって早く日本へ帰りたくなる。するとまた日本の社会のありさまが目に浮んでたのもしくない情けないような心持になる。日本の紳士が徳育、体育、美育の点において非常に欠乏しているという事が気にかかる。その紳士がいかに平気な顔をして得意であるか、彼らがいかに浮華であるか、彼らがいかに空虚であるか、彼らがいかに現在の日本に満足して己らが一般の国民を堕落の淵《ふち》に誘いつつあるかを知らざるほど近視眼であるかなどというようないろいろな不平が持ち上ってくる。せんだって日本の上流社会の事に関して長い手紙を書いて親戚へやった。しかしこんな事はただ英国へ来てから余慶《よけい》に感ずるようになったまででちっとも英国と関係のない話しだし、君らに聞せる必要もなし、聞きたい事でもなかろうから先ぬきとして何か話そう。何がいいか、話そうとすると出ないもので
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