思って居ることが云えない性《たち》だから、英語などを訳しても分って居乍《いなが》らそれを云うことが出来ない。けれども考えて見ると分って居ることが云えないと云う訳はないのだから、何でも思い切って云うに限ると決心して、其後は拙《まず》くても構わずどしどし云う様にすると、今迄は教場などで云えなかったこともずんずん云うことが出来る。こんな風に落第を機としていろんな改革をして勉強したのであるが、僕の一身にとって此落第は非常に薬になった様に思われる。若《も》し其時落第せず、唯|誤魔化《ごまか》して許《ばか》り通って来たら今頃は何《ど》んな者になって居たか知れないと思う。
 前に云った様に自《みずか》ら落第して二級を繰返し、そして一級へ移ったのであるが、一級になるともう専門に依ってやるものも違うので、僕は二部の仏蘭西《フランス》語を択《えら》んだ。二部は工科で僕は又建築科を択んだがその主意が中々面白い。子供心に異《おつ》なことを考えたもので、其主意と云うのは先《ま》ずこうである。自分は元来変人だから、此儘《このまま》では世の中に容《い》れられない。世の中に立ってやって行くには何《ど》うしても根柢《こ
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