併の混雑やなんかで忙しかったと見え、教務係の人は少しも取合って呉《く》れないので、其処《そこ》で僕は大いに考えたのである。学課の方はちっとも出来ないし、教務係の人が追試験を受けさせて呉れないのも、忙しい為もあろうが、第一自分に信用がないからだ。信用がなければ、世の中へ立った処で何事も出来ないから、先《ま》ず人の信用を得なければならない。信用を得るには何《ど》うしても勉強する必要がある。と、こう考えたので、今迄の様にうっかりして居ては駄目だから、寧《いっ》そ初めからやり直した方がいいと思って、友達などが待って居て追試験を受けろと切《しき》りに勧《すす》めるのも聞かず、自分から落第して再び二級を繰返《くりかえ》すことにしたのである。人間と云うものは考え直すと妙なもので、真面目《まじめ》になって勉強すれば、今迄少しも分らなかったものも瞭然《はっきり》と分る様になる。前には出来なかった数学なども非常に出来る様になって、一日《あるひ》親睦会《しんぼくかい》の席上で誰は何科へ行くだろう誰は何科へ行くだろうと投票をした時に、僕は理科へ行く者として投票された位であった。元来僕は訥弁《とつべん》で自分の
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