屋を其儘《そのまま》、学校らしい処などはちっともなかったが、其頃は又寄宿料等も極《きわ》めて廉《やす》く――僕は家から通って居たけれど――慥《たし》か一カ月二円位だったと覚えて居る。
元来僕は漢学が好で随分興味を有って漢籍は沢山《たくさん》読んだものである。今は英文学などをやって居るが、其頃は英語と来たら大嫌《だいきら》いで手に取るのも厭《いや》な様な気がした。兄が英語をやって居たから家では少し宛《ずつ》教えられたけれど、教える兄は癇癪持《かんしゃくもち》、教わる僕は大嫌いと来て居るから到底《とうてい》長く続く筈《はず》もなく、ナショナルの二位でお終《しま》いになって了《 しま》ったが、考えて見ると漢籍|許《ばか》り読んでこの文明開化の世の中に漢学者になった処が仕方なし、別に之《これ》と云う目的があった訳でもなかったけれど、此儘《このまま》で過ごすのは充《つま》らないと思う処から、兎《と》に角《かく》大学へ入って何か勉強しようと決心した。其頃地方には各県に一つ宛位中学校があって、之《これ》を卒業して来た者は殆《ほと》んど無試験で大学予備門へ入れたものであるが、東京には一つしか中学はな
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