に限る。こんな田舎《いなか》に居るのは堕落《だらく》しに来ているようなものだ。新聞配達をしたって、ここまで堕落するよりはましだ。
こう考えて、いやいや、附《つ》いてくると、何だか先鋒《せんぽう》が急にがやがや騒《さわ》ぎ出した。同時に列はぴたりと留まる。変だから、列を右へはずして、向うを見ると、大手町《おおてまち》を突《つ》き当って薬師町《やくしまち》へ曲がる角の所で、行き詰《づま》ったぎり、押《お》し返したり、押し返されたりして揉《も》み合っている。前方から静かに静かにと声を涸《か》らして来た体操教師に何ですと聞くと、曲り角で中学校と師範《しはん》学校が衝突《しょうとつ》したんだと云う。
中学と師範とはどこの県下でも犬と猿《さる》のように仲がわるいそうだ。なぜだかわからないが、まるで気風が合わない。何かあると喧嘩をする。大方|狭《せま》い田舎で退屈《たいくつ》だから、暇潰《ひまつぶ》しにやる仕事なんだろう。おれは喧嘩は好きな方だから、衝突と聞いて、面白半分に馳《か》け出して行った。すると前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税の癖《くせ》に、引き込めと、怒鳴《どな》ってる。後ろからは押せ押せと大きな声を出す。おれは邪魔《じゃま》になる生徒の間をくぐり抜けて、曲がり角へもう少しで出ようとした時に、前へ! と云う高く鋭《するど》い号令が聞《きこ》えたと思ったら師範学校の方は粛粛《しゅくしゅく》として行進を始めた。先を争った衝突は、折合がついたには相違《そうい》ないが、つまり中学校が一歩を譲《ゆず》ったのである。資格から云うと師範学校の方が上だそうだ。
祝勝の式はすこぶる簡単なものであった。旅団長が祝詞を読む、知事が祝詞を読む、参列者が万歳《ばんざい》を唱える。それでおしまいだ。余興は午後にあると云う話だから、ひとまず下宿へ帰って、こないだじゅうから、気に掛《かか》っていた、清への返事をかきかけた。今度はもっと詳《くわ》しく書いてくれとの注文だから、なるべく念入《ねんいり》に認《したた》めなくっちゃならない。しかしいざとなって、半切《はんきれ》を取り上げると、書く事はたくさんあるが、何から書き出していいか、わからない。あれにしようか、あれは面倒臭《めんどうくさ》い。これにしようか、これはつまらない。何か、すらすらと出て、骨が折れなくって、そうして清が面白がるようなも
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