は食い欠いた焼麺麭《やきパン》を皿の上へ置いたなり「僕の恋愛観」を見ていたがやがて、にやりと笑った。恋愛観の結末に同じく色鉛筆で色情狂※[#感嘆符三つ、320−13] と書いてある。高柳君は頁をはぐった。六号活字はだいぶ長い。もっともいろいろの人の名前が出ている。一番始めには現代青年の煩悶《はんもん》に対する諸家の解決とある。高柳君は急に読んで見る気になった。――第一は静心《せいしん》の工夫《くふう》を積めと云う注意だ。積めとはどう積むのかちっともわからない。第二は運動をして冷水摩擦《れいすいまさつ》をやれと云う。簡単なものである。第三は読書もせず、世間も知らぬ青年が煩悶《はんもん》する法がないと論じている。無いと云っても有れば仕方がない。第四は休暇ごとに必ず旅行せよと勧告している。しかし旅費の出処は明記してない。――高柳君はあとを読むのが厭《いや》になった。颯《さっ》と引っくりかえして、第一頁をあける。「解脱《げだつ》と拘泥《こうでい》……憂世子《ゆうせいし》」と云うのがある。標題が面白いのでちょっと目を通す。
「身体《からだ》の局部がどこぞ悪いと気にかかる。何をしていても、それがコ
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