る名じゃないから」
「聞いて見たかい」
「聞こうと思ったが、何だかきまりが悪るかったからやめた」
「なぜ」
「だって、あなたは中学校で生徒から追い出された事はありませんかとも聞けまいじゃないか」
「追い出されましたかと聞かなくってもいいさ」
「しかし容易に聞きにくい男だよ。ありゃ、困る人だ。用事よりほかに云わない人だ」
「そんなになったかも知れない。元来何の用で君の所へなんぞ来たのだい」
「なあに、江湖雑誌《こうこざっし》の記者だって、僕の所へ談話の筆記に来たのさ」
「君の談話をかい。――世の中も妙な事になるものだ。やっぱり金が勝つんだね」
「なぜ」
「なぜって。――可哀想《かわいそう》に、そんなに零落《れいらく》したかなあ。――君道也先生、どんな、服装《なり》をしていた」
「そうさ、あんまり立派じゃないね」
「立派でなくっても、まあどのくらいな服装をしていた」
「そうさ。どのくらいとも云い悪《にく》いが、そうさ、まあ君ぐらいなところだろう」
「え、このくらいか、この羽織ぐらいなところか」
「羽織はもう少し色が好《い》いよ」
「袴《はかま》は」
「袴は木綿《もめん》じゃないが、その代り
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