活動している。うつくしく活動している。しかし衣食のために活動しているのではない。娯楽のために活動している。胡蝶《こちょう》の花に戯《たわ》むるるがごとく、浮藻《うきも》の漣《さざなみ》に靡《なび》くがごとく、実用以上の活動を示している。この堂に入るものは実用以上に余裕のある人でなくてはならぬ。
 自分の活動は食うか食わぬかの活動である。和煦《わく》の作用ではない粛殺《しゅくさつ》の運行である。儼《げん》たる天命に制せられて、無条件に生を享《う》けたる罪業《ざいごう》を償《つぐな》わんがために働らくのである。頭から云えば胡蝶のごとく、かく翩々《へんぺん》たる公衆のいずれを捕《とら》え来《きた》って比較されても、少しも恥《はず》かしいとは思わぬ。云いたき事、云うて人が点頭《うなず》く事、云うて人が尊《たっと》ぶ事はないから云わぬのではない。生活の競争にすべての時間を捧《ささ》げて、云うべき機会を与えてくれぬからである。吾《われ》が云いたくて云われぬ事は、世が聞きたくても聞かれぬ事は、天がわが手を縛《ばく》するからである。人がわが口を箝《かん》するからである。巨万の富をわれに与えて、一銭も使
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