である。
「そう、べんべんと真田《さなだ》の方を引っ張っとく訳《わけ》にも行きませず、家主の方もどうかしなければならず、今月の末になると米薪《こめまき》の払《はらい》でまた心配しなくっちゃなりませんから、算段《さんだん》に出掛《でか》けたんです」と今度は細君の方から切り出した。
「そうか、質屋へでも行ったのかい」
「質に入れるようなものは、もうありゃしませんわ」と細君は恨《うら》めしそうに夫の顔を見る。
「じゃ、どこへ行ったんだい」
「どこって、別に行く所もありませんから、御兄《おあにい》さんの所へ行きました」
「兄の所《とこ》? 駄目《だめ》だよ。兄の所《ところ》なんぞへ行ったって、何になるものか」
「そう、あなたは、何でも始から、けなしておしまいなさるから、よくないんです。いくら教育が違うからって、気性《きしょう》が合わないからって、血を分けた兄弟じゃありませんか」
「兄弟は兄弟さ。兄弟でないとは云わん」
「だからさ、膝《ひざ》とも談合と云うじゃありませんか。こんな時には、ちっと相談にいらっしゃるがいいじゃありませんか」
「おれは、行かんよ」
「それが痩我慢《やせがまん》ですよ。あ
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