なたはそれが癖なんですよ。損じゃあ、ありませんか、好んで人に嫌《きら》われて……」
道也先生は空然《くうぜん》として壁に動く細君の影を見ている。
「それで才覚が出来たのかい」
「あなたは何でも一足飛《いっそくとび》ね」
「なにが」
「だって、才覚が出来る前にはそれぞれ魂胆《こんたん》もあれば工面《くめん》もあるじゃありませんか」
「そうか、それじゃ最初から聞き直そう。で、御前が兄のうちへ行ったんだね。おれに内所《ないしょ》で」
「内所だって、あなたのためじゃありませんか」
「いいよ、ためでいいよ。それから」
「で御兄《おあにい》さんに、御目に懸《かか》っていろいろ今までの御無沙汰《ごぶさた》の御詫《おわび》やら、何やらして、それから一部始終《いちぶしじゅう》の御話をしたんです」
「それから」
「すると御兄《おあにい》さんが、そりゃ御前には大変気の毒だって大変|私《わたくし》に同情して下さって……」
「御前に同情した。ふうん。――ちょっとその炭取を取れ。炭をつがないと火種《ひだね》が切れる」
「で、そりゃ早く整理しなくっちゃ駄目だ。全体なぜ今まで抛《ほう》って置いたんだっておっしゃるん
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