の説を少々でも批評して行って貰いたいのである。それでなくても、せんだって日比谷で聞いた高柳君の事をちょっと好奇心から、あたって見たいのである。一言《いちごん》にして云えば中野君はひまなのである。
「いえ、せっかくですが少々急ぎますから」と客はもう椅子《いす》を離れて、一歩テーブルを退《しりぞ》いた。いかにひまな中野君も「それでは」とついに降参して御辞儀《おじぎ》をする。玄関まで送って出た時思い切って
「あなたは、もしや高柳周作《たかやなぎしゅうさく》と云う男を御存じじゃないですか」と念晴《ねんば》らしのため聞いて見る。
「高柳? どうも知らんようです」と沓脱《くつぬぎ》から片足をタタキへおろして、高い背を半分後ろへ捩《ね》じ向けた。
「ことし大学を卒業した……」
「それじゃ知らん訳だ」と両足ともタタキの上へ運んだ。
 中野君はまだ何か云おうとした時、敷石をがらがらと車の軋《きし》る音がして梶棒《かじぼう》は硝子《ガラス》の扉《とびら》の前にとまった。道也先生が扉を開く途端《とたん》に車上の人はひらり厚い雪駄《せった》を御影《みかげ》の上に落した。五色の雲がわが眼を掠《かす》めて過ぎた心
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