たものでなければけっして天国へは登れまいと思うのです。ただ楽天だってしようがない。恋の苦《くるし》みを甞《な》めて人生の意義を確かめた上の楽天でなくっちゃ、うそです。それだから恋の煩悶はけっして他の方法によって解決されない。恋を解決するものは恋よりほかにないです。恋は吾人《ごじん》をして煩悶せしめて、また吾人をして解脱《げだつ》せしむるのである。……」
「そのくらいなところで」と道也先生は三度目に顔を挙《あ》げた。
「まだ少しあるんですが……」
「承《うけたまわ》るのはいいですが、だいぶ多人数の意見を載せるつもりですから、かえってあとから削除《さくじょ》すると失礼になりますから」
「そうですか、それじゃそのくらいにして置きましょう。何だかこんな話をするのは始めてですから、さぞ筆記しにくかったでしょう」
「いいえ」と道也先生は手帳を懐《ふところ》へ入れた。
青年は筆記者が自分の説を聴いて、感心の余り少しは賛辞でも呈するかと思ったが、相手は例のごとく泰然としてただいいえと云ったのみである。
「いやこれは御邪魔をしました」と客は立ちかける。
「まあいいでしょう」と中野君はとめた。せめて自分
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