《ひるめし》の客は皆去り尽して、二人が椅子《いす》を離れた頃はところどころの卓布《たくふ》の上に麺麭屑《パンくず》が淋しく散らばっていた。公園の中は最前よりも一層|賑《にぎや》かである。ロハ台は依然として、どこの何某《なにがし》か知らぬ男と知らぬ女で占領されている。秋の日は赫《かっ》として夏服の背中を通す。

        三

 檜《ひのき》の扉《とびら》に銀のような瓦《かわら》を載《の》せた門を這入《はい》ると、御影《みかげ》の敷石に水を打って、斜《なな》めに十歩ばかり歩《あゆ》ませる。敷石の尽きた所に擦《す》り硝子《ガラス》の開き戸が左右から寂然《じゃくねん》と鎖《とざ》されて、秋の更《ふ》くるに任すがごとく邸内は物静かである。
 磨《みが》き上げた、柾《まさ》の柱に象牙《ぞうげ》の臍《へそ》をちょっと押すと、しばらくして奥の方から足音が近づいてくる。がちゃと鍵《かぎ》をひねる。玄関の扉は左右に開かれて、下は鏡のようなたたきとなる。右の方に周囲《まわり》一|尺余《しゃくよ》の朱泥《しゅでい》まがいの鉢《はち》があって、鉢のなかには棕梠竹《しゅろちく》が二三本|靡《なび》くべき風
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