たものは誰もあるまい」
「気楽だね」
「実に気楽さ。知ってるのは僕らを煽動《せんどう》した教師ばかりだろう。何でも生意気《なまいき》だからやれって云うのさ」
「ひどい奴だな。そんな奴が教師にいるかい」
「いるとも。相手が子供だから、どうでも云う事を聞くからかも知れないが、いるよ」
「それで道也先生どうしたい」
「辞職しちまった」
「可哀想《かわいそう》に」
「実に気の毒な事をしたもんだ。定めし転任先をさがす間|活計《かっけい》に困ったろうと思ってね。今度逢ったら大《おおい》に謝罪の意を表するつもりだ」
「今どこにいるんだい」
「どこにいるか知らない」
「じゃいつ逢うか知れないじゃないか」
「しかしいつ逢うかわからない。ことによると教師の口がなくって死んでしまったかも知れないね。――何でも先生辞職する前に教場へ出て来て云った事がある」
「何て」
「諸君、吾々は教師のために生きべきものではない。道のために生きべきものである。道は尊《たっと》いものである。この理窟《りくつ》がわからないうちは、まだ一人前になったのではない。諸君も精出してわかるようにおなり」
「へえ」
「僕らは不相変《あいかわ
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