らず》教場内でワーっと笑ったあね。生意気だ、生意気だって笑ったあね。――どっちが生意気か分りゃしない」
「随分田舎の学校などにゃ妙な事があるものだね」
「なに東京だって、あるんだよ。学校ばかりじゃない。世の中はみんなこれなんだ。つまらない」
「時にだいぶ長話しをした。どうだ君。これから品川の妙花園《みょうかえん》まで行かないか」
「何しに」
「花を見にさ」
「これから帰って地理教授法を訳さなくっちゃならない」
「一日《いちんち》ぐらい遊んだってよかろう。ああ云う美くしい所へ行くと、好い心持ちになって、翻訳もはかが行くぜ」
「そうかな。君は遊びに行くのかい」
「遊《あそび》かたがたさ。あすこへ行って、ちょっと写生して来て、材料にしようと思ってるんだがね」
「何の材料に」
「出来たら見せるよ。小説をかいているんだ。そのうちの一章に女が花園《はなぞの》のなかに立って、小さな赤い花を余念《よねん》なく見詰《みつ》めていると、その赤い花がだんだん薄くなってしまいに真白になってしまうと云うところを書いて見たいと思うんだがね」
「空想小説かい」
「空想的で神秘的で、それで遠い昔しが何だかなつかしいよ
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