ゃ、駄目だ。なに、世間じゃ追々我々の真価を認めて来るんだからね。僕なんぞでも、こうやって始終《しじゅう》書いていると少しは人の口に乗るからね」
「君はいいさ。自分の好きな事を書く余裕があるんだから。僕なんか書きたい事はいくらでもあるんだけれども落ちついて述作なぞをする暇はとてもない。実に残念でたまらない。保護者でもあって、気楽に勉強が出来ると名作も出して見せるがな。せめて、何でもいいから、月々きまって六十円ばかり取れる口があるといいのだけれども、卒業前から自活はしていたのだが、卒業してもやっぱりこんなに困難するだろうとは思わなかった」
「そう困難じゃ仕方がない。僕のうちの財産が僕の自由になると、保護者になってやるんだがな」
「どうか願います。――実に厭《いや》になってしまう。君、今考えると田舎の中学の教師の口だって、容易にあるもんじゃないな」
「そうだろうな」
「僕の友人の哲学科を出たものなんか、卒業してから三年になるが、まだ遊《あす》んでるぜ」
「そうかな」
「それを考えると、子供の時なんか、訳もわからずに悪い事をしたもんだね。もっとも今とその頃とは時勢が違うから、教師の口も今ほど払
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