うかと微笑するだろう。あす立ちますと云ったらあるいは驚ろくだろう。一世一代の作を仕上げてかえるつもりだと云ったらさぞ喜ぶであろう。――空想は空想の子である。もっとも繁殖力に富むものを脳裏《のうり》に植えつけた高柳君は、病の身にある事を忘れて、いつの間にか先生の門口《かどぐち》に立った。
 誰か来客のようであるが、せっかく来たのをとわざと遠慮を抜いて「頼む」と声をかけて見た。「どなた」と奥から云うのは先生自身である。
「私です。高柳……」
「はあ、御這入《おはい》り」と云ったなり、出てくる景色《けしき》もない。
 高柳君は玄関から客間へ通る。推察の通り先客がいた。市楽《いちらく》の羽織に、くすんだ縞《しま》ものを着て、帯の紋博多《もんはかた》だけがいちじるしく眼立つ。額の狭い頬骨の高い、鈍栗眼《どんぐりまなこ》である。高柳君は先生に挨拶《あいさつ》を済ました、あとで鈍栗に黙礼をした。
「どうしました。だいぶ遅く来ましたね。何か用でも……」
「いいえ、ちょっと――実は御暇乞《おいとまごい》に上がりました」
「御暇乞? 田舎《いなか》の中学へでも赴任《ふにん》するんですか」
 間《あい》の襖
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