たちまち思い切ったように帽を取って師走《しわす》の市《いち》に飛び出した。黄昏《たそがれ》の神楽坂《かぐらざか》を上《あが》ると、もう五時に近い。気の早い店では、はや瓦斯《ガス》を点じている。
 毘沙門《びしゃもん》の提灯《ちょうちん》は年内に張りかえぬつもりか、色が褪《さ》めて暗いなかで揺れている。門前の屋台で職人が手拭《てぬぐい》を半襷《はんだすき》にとって、しきりに寿司《すし》を握っている。露店の三馬《さんま》は光るほどに色が寒い。黒足袋《くろたび》を往来へ並べて、頬被《ほおかぶ》りに懐手《ふところで》をしたのがある。あれでも足袋は売れるかしらん。今川焼は一銭に三つで婆さんの自製にかかる。六銭五厘の万年筆《まんねんふで》は安過ぎると思う。
 世は様々だ、今ここを通っているおれは、翌《あす》の朝になると、もう五六十里先へ飛んで行く。とは寿司屋《すしや》の職人も今川焼の婆さんも夢にも知るまい。それから、この百円を使い切ると金の代りに金より貴いあるものを懐にしてまた東京へ帰って来る。とも誰も思うものはあるまい。世は様々である。
 道也先生に逢《あ》って、実はこれこれだと云ったら先生はそ
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