ように暮らすのを至善《しぜん》と心得ている。女は六角の火桶を与えられても、八角の火鉢を与えられても、六角にまた八角に灰を掻きならす。それより以上の見識は持たぬ。
立ってもおらぬ、坐ってもおらぬ、細君の腰は宙に浮いて、膝頭《ひざがしら》は火桶の縁《ふち》につきつけられている。坐《す》わるには所を得ない、立っては考えられない。細君の姿勢は中途半把《ちゅうとはんぱ》で、細君の心も中途半把である。
考えると嫁に来たのは間違っている。娘のうちの方が、いくら気楽で面白かったか知れぬ。人の女房はこんなものと、誰か教えてくれたら、来ぬ前によすはずであった。親でさえ、あれほどに親切を尽してくれたのだから、二世《にせ》の契《ちぎ》りと掟《おきて》にさえ出ている夫は、二重にも三重にも可愛がってくれるだろう、また可愛がって下さるよと受合われて、住み馴れた家《いえ》を今日限りと出た。今日限りと出た家《うち》へ二度とは帰られない。帰ろうと思ってもおとっさんもお母《っか》さんも亡くなってしまった。可愛がられる目的《あて》ははずれて、可愛がってくれる人はもうこの世にいない。
細君は赤い炭団《たどん》の、灰の皮を
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