に入る。ただ生存は人生の目的なるが故《ゆえ》に、生存に便宜なるこの迷路は入る事いよいよ深くして出ずる事いよいよかたきを感ず。独《ひと》り生存の欲を一刻たりとも擺脱《はいだつ》したるときにこの迷《まよい》は破る事が出来る。高柳君はこの欲を刹那《せつな》も除去し得ざる男である。したがって主客を方寸に一致せしむる事のできがたき男である。主は主、客は客としてどこまでも膠着《こうちゃく》するが故に、一たび優勢なる客に逢うとき、八方より無形の太刀《たち》を揮《ふる》って、打ちのめさるるがごとき心地がする。高柳君はこの園遊会において孤軍重囲のうちに陥ったのである。
 蹌踉《そうろう》としてアーチを潜《くぐ》った高柳君はまた蹌踉としてアーチを出《いで》ざるを得ぬ。遠くから振り返って見ると青い杉の環《わ》の奥の方に天幕《テント》が小さく映って、幕のなかから、奇麗《きれい》な着物がかたまってあらわれて来た。あのなかに若い夫婦も交ってるのであろう。
 夫婦の方では高柳をさがしている。
「時に高柳はどうしたろう。御前《おまえ》あれから逢《あ》ったかい」
「いいえ。あなたは」
「おれは逢わない」
「もう御帰りに
前へ 次へ
全222ページ中163ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング