て動かすが道也先生の天職である。高く、偉《おお》いなる、公《おおや》けなる、あるものの方《かた》に一歩なりとも動かすが道也先生の使命である。道也先生はその他を知らぬ。
 高柳君はそうは行《ゆ》かぬ。道也先生の何事をも知らざるに反して、彼は何事をも知る。往来の人の眼つきも知る。肌寒《はださむ》く吹く風の鋭どきも知る。かすれて渡る雁《かり》の数も知る。美くしき女も知る。黄金《おうごん》の貴《たっと》きも知る。木屑《きくず》のごとく取り扱わるる吾身《わがみ》のはかなくて、浮世の苦しみの骨に食い入る夕々《ゆうべゆうべ》を知る。下宿の菜《さい》の憐れにして芋《いも》ばかりなるはもとより知る。知り過ぎたるが君の癖にして、この癖を増長せしめたるが君の病である。天下に、人間は殺しても殺し切れぬほどある。しかしこの病を癒《なお》してくれるものは一人もない。この病を癒してくれぬ以上は何千万人いるも、おらぬと同様である。彼は一人坊《ひとりぼ》っちになった。己《おの》れに足りて人に待つ事なき呑気《のんき》な一人坊っちではない。同情に餓《う》え、人間に渇《かつ》してやるせなき一人坊っちである。中野君は病気と云う
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