になって、有名になって、そうして楽に暮らそうって云うのだから六《む》ずかしい」
「御国は一体どこなの」
「国は新潟県です」
「遠い所なのね。新潟県は御米の出来る所でしょう。やっぱり御百姓なの」
「農《のう》、なんでしょう。――ああ新潟県で思い出した。この間あなたが御出《おいで》のとき行《ゆ》き違《ちがい》に出て行った男があるでしょう」
「ええ、あの長い顔の髭《ひげ》を生《は》やした。あれはなに、わたしあの人の下駄を見て吃驚《びっくり》したわ。随分薄っぺらなのね。まるで草履《ぞうり》よ」
「あれで泰然たるものですよ。そうしてちっとも愛嬌《あいきょう》のない男でね。こっちから何か話しかけても、何《なん》にも応答をしない」
「それで何しに来たの」
「江湖雑誌《こうこざっし》の記者と云うんで、談話の筆記に来たんです」
「あなたの? 何か話しておやりになって?」
「ええ、あの雑誌を送って来ているからあとで見せましょう。――それであの男について妙な話しがあるんです。高柳が国の中学にいた時分あの人に習ったんです――あれで文学士ですよ」
「あれで? まあ」
「ところが高柳なんぞが、いろいろな、いたずら
前へ 次へ
全222ページ中126ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング