ある。天下の秋は幾多の道也《どうや》先生を苦しめつつある。幾多の高柳君を淋しがらせつつある。しかして二人はあくまでも善人である。
「この間の音楽会には高柳さんとごいっしょでしたね」
「ええ、別に約束した訳《わけ》でもないんですが、途中で逢ったものですから誘ったのです。何だか動物園の前で悲しそうに立って、桜の落葉を眺《なが》めているんです。気の毒になってね」
「よく誘《さそ》って御上《おあ》げになったのね。御病気じゃなくって」
「少し咳《せき》をしていたようです。たいした事じゃないでしょう」
「顔の色が大変|御《お》わるかったわ」
「あの男はあんまり神経質だもんだから、自分で病気をこしらえるんです。そうして慰めてやると、かえって皮肉を云うのです。何だか近来はますます変になるようです」
「御気の毒ね。どうなすったんでしょう」
「どうしたって、好《この》んで一人坊《ひとりぼ》っちになって、世の中をみんな敵《かたき》のように思うんだから、手のつけようがないです」
「失恋なの」
「そんな話もきいた事もないですがね。いっそ細君でも世話をしたらいいかも知れない」
「御世話をして上げたらいいでしょう」
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