る事を忘れている。
「好きって、いいじゃありませんか、古今《ここん》の傑作ですよ」
女の批判は直覚的である。男の好尚《こうしょう》は半《なか》ば伝説的である。なまじいに美学などを聴いた因果《いんが》で、男はすぐ女に同意するだけの勇気を失っている。学問は己《おの》れを欺《あざむ》くとは心づかぬと見える。自から学問に欺かれながら、欺かれぬ女の判断を、いたずらに誤まれりとのみ見る。
「古今の傑作ですよ」と再び繰り返したのは、半ば女の趣味を教育するためであった。
「そう」と女は云ったばかりである。石火《せっか》を交《まじ》えざる刹那《せつな》に、はっと受けた印象は、学者の一言のために打ち消されるものではない。
「元来ヴィーナスは、どう云うものか僕にはいやな聯想《れんそう》がある」
「どんな聯想なの」と女はおとなしく聞きつつ、双《そう》の手を立ちながら膝《ひざ》の上に重ねる。手頸《てくび》からさきが二寸ほど白く見えて、あとは、しなやかなる衣《きぬ》のうちに隠れる。衣は薄紅《うすくれない》に銀の雨を濃く淡く、所まだらに降らしたような縞柄《しまがら》である。
上になった手の甲の、五つに岐《わか》
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