対して払う租税である。
「大学を御卒業になった方《ほう》の……」とまで云ったが、ことによると、おやじも大学を卒業しているかも知れんと心づいたから
「あの文学をおやりになる」と訂正した。下女は何とも云わずに御辞儀《おじぎ》をして立って行く。白足袋《しろたび》の裏だけが目立ってよごれて見える。道也先生の頭の上には丸く鉄を鋳抜《いぬ》いた、かな灯籠《どうろう》がぶら下がっている。波に千鳥をすかして、すかした所に紙が張ってある。このなかへ、どうしたら灯《ひ》がつけられるのかと、先生は仰向《あおむ》いて長い鎖《くさ》りを眺《なが》めながら考えた。
下女がまた出てくる。どうぞこちらへと云う。道也先生は親指の凹《くぼ》んで、前緒《まえお》のゆるんだ下駄を立派な沓脱《くつぬぎ》へ残して、ひょろ長い糸瓜《へちま》のようなからだを下女の後ろから運んで行く。
応接間は西洋式に出来ている。丸い卓《テーブル》には、薔薇《ばら》の花を模様に崩《くず》した五六輪を、淡い色で織り出したテーブル掛《かけ》を、雑作《ぞうさ》もなく引き被《かぶ》せて、末は同じ色合の絨毯《じゅうたん》と、続《つ》づくがごとく、切れたるがごとく、波を描《えが》いて床《ゆか》の上に落ちている。暖炉《だんろ》は塞《ふさ》いだままの一尺前に、二枚折《にまいおり》の小屏風《こびょうぶ》を穴隠しに立ててある。窓掛は緞子《どんす》の海老茶色《えびちゃいろ》だから少々全体の装飾上調和を破るようだが、そんな事は道也先生の眼には入《い》らない。先生は生れてからいまだかつてこんな奇麗《きれい》な室《へや》へ這入《はい》った事はないのである。
先生は仰いで壁間《へきかん》の額を見た。京の舞子が友禅《ゆうぜん》の振袖《ふりそで》に鼓《つづみ》を調べている。今打って、鼓から、白い指が弾《はじ》き返されたばかりの姿が、小指の先までよくあらわれている。しかし、そんな事に気のつく道也先生ではない。先生はただ気品のない画《え》を掛けたものだと思ったばかりである。向《むこう》の隅《すみ》にヌーボー式の書棚があって、美しい洋書の一部が、窓掛の隙間《すきま》から洩《も》れて射《さ》す光線に、金文字の甲羅《こうら》を干《ほ》している。なかなか立派である。しかし道也先生これには毫《ごう》も辟易《へきえき》しなかった。
ところへ中野君が出てくる。紬《つむぎ》の
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