心配性でいけない」
「心配もしますわ、どこへいらしっても折合《おりあい》がわるくっちゃ、おやめになるんですもの。私が心配性なら、あなたはよっぽど癇癪持《かんしゃくも》ちですわ」
「そうかも知れない。しかしおれの癇癪は……まあ、いいや。どうにか東京で食えるようにするから」
「御兄《おあにい》さんの所へいらしって御頼みなすったら、どうでしょう」
「うん、それも好いがね。兄はいったい人の世話なんかする男じゃないよ」
「あら、そう何でも一人できめて御《お》しまいになるから悪るいんですわ。昨日《きのう》もあんなに親切にいろいろ言って下さったじゃありませんか」
「昨日か。昨日はいろいろ世話を焼くような事を言った。言ったがね……」
「言ってもいけないんですか」
「いけなかないよ。言うのは結構だが……あんまり当《あて》にならないからな」
「なぜ?」
「なぜって、その内だんだんわかるさ」
「じゃ御友達の方にでも願って、あしたからでも運動をなすったらいいでしょう」
「友達って別に友達なんかありゃしない。同級生はみんな散ってしまった」
「だって毎年年始状を御寄《およ》こしになる足立《あだち》さんなんか東京で立派にしていらっしゃるじゃありませんか」
「足立か、うん、大学教授だね」
「そう、あなたのように高くばかり構えていらっしゃるから人に嫌《きら》われるんですよ。大学教授だねって、大学の先生になりゃ結構じゃありませんか」
「そうかね。じゃ足立の所へでも行って頼んで見ようよ。しかし金さえ取れれば必ず足立の所へ行く必要はなかろう」
「あら、まだあんな事を云っていらっしゃる。あなたはよっぽど強情ね」
「うん、おれはよっぽど強情だよ」
二
午《ご》に逼《せま》る秋の日は、頂《いただ》く帽を透《とお》して頭蓋骨《ずがいこつ》のなかさえ朗《ほがら》かならしめたかの感がある。公園のロハ台はそのロハ台たるの故《ゆえ》をもってことごとくロハ的に占領されてしまった。高柳君《たかやなぎくん》は、どこぞ空《あ》いた所はあるまいかと、さっきからちょうど三度日比谷を巡回した。三度巡回して一脚の腰掛も思うように我を迎えないのを発見した時、重そうな足を正門のかたへ向けた。すると反対の方から同年輩の青年が早足に這入《はい》って来て、やあと声を掛けた。
「やあ」と高柳君も同じような挨拶《あいさつ》をした
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