》の鳴く小春日和《こはるびより》になった。宗助が帰った時、御米は例《いつも》より冴《さ》え冴《ざ》えしい顔色をして、
「あなた、あの屏風《びょうぶ》を売っちゃいけなくって」と突然聞いた。抱一《ほういつ》の屏風はせんだって佐伯《さえき》から受取ったまま、元の通り書斎の隅に立ててあったのである。二枚折だけれども、座敷の位置と広さから云っても、実はむしろ邪魔な装飾であった。南へ廻すと、玄関からの入口を半分|塞《ふさ》いでしまうし、東へ出すと暗くなる、と云って、残る一方へ立てれば床の間を隠すので、宗助は、
「せっかく親爺《おやじ》の記念《かたみ》だと思って、取って来たようなものの、しようがないねこれじゃ、場塞《ばふさ》げで」と零《こぼ》した事も一二度あった。その都度《つど》御米は真丸な縁《ふち》の焼けた銀の月と、絹地からほとんど区別できないような穂芒《ほすすき》の色を眺《なが》めて、こんなものを珍重する人の気が知れないと云うような見えをした。けれども、夫を憚《はばか》って、明白《あから》さまには何とも云い出さなかった。ただ一返《いっぺん》
「これでもいい絵なんでしょうかね」と聞いた事があった。
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