今では以前と違って、まあ普通の小舅《こじゅうと》ぐらいの親しみはあると信じているようなものの、こんな場合になると、つい実際以上にも気を回して、自分だけが小六の来ない唯一《ゆいいつ》の原因のように考えられるのであった。
「そりゃ下宿からこんな所へ移るのは好かあないだろうよ。ちょうどこっちが迷惑を感ずる通り、向うでも窮屈を感ずる訳だから。おれだって、小六が来ないとすれば、今のうち思い切って外套《マント》を作るだけの勇気があるんだけれども」
 宗助は男だけに思い切ってこう云ってしまった。けれどもこれだけでは御米の心を尽していなかった。御米は返事もせずに、しばらく黙っていたが、細い腮《あご》を襟《えり》の中へ埋《う》めたまま、上眼《うわめ》を使って、
「小六さんは、まだ私の事を悪《にく》んでいらっしゃるでしょうか」と聞き出した。宗助が東京へ来た当座は、時々これに類似の質問を御米から受けて、その都度《つど》慰めるのにだいぶ骨の折れた事もあったが、近来は全く忘れたように何も云わなくなったので、宗助もつい気に留めなかったのである。
「またヒステリーが始まったね。好いじゃないか小六なんぞが、どう思った 
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