は》ねつけたら、細君がそりゃ非道《ひど》い、実際寒くなっても着て出るものがないんだと弁解するので、寒ければやむを得ない、夜具を着るとか、毛布《けっと》を被《かぶ》るとかして、当分我慢しろと云った話を、宗助はおかしく繰り返して御米を笑わした。御米は夫のこの様子を見て、昔がまた眼の前に戻ったような気がした。
「高木の細君は夜具でも構わないが、おれは一つ新らしい外套《マント》を拵《こしら》えたいな。この間歯医者へ行ったら、植木屋が薦《こも》で盆栽《ぼんさい》の松の根を包んでいたので、つくづくそう思った」
「外套が欲しいって」
「ああ」
 御米は夫の顔を見て、さも気の毒だと云う風に、
「御拵《おこし》らえなさいな。月賦で」と云った。宗助は、
「まあ止そうよ」と急に侘《わび》しく答えた。そうして「時に小六はいつから来る気なんだろう」と聞いた。
「来るのは厭なんでしょう」と御米が答えた。御米には、自分が始めから小六に嫌《きら》われていると云う自覚があった。それでも夫の弟だと思うので、なるべくは反《そり》を合せて、少しでも近づけるように近づけるようにと、今日《こんにち》まで仕向けて来た。そのためか、
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