う今時分から手廻しをするのだと気がついた。
帰りがけに玄関脇の薬局で、粉薬《こぐすり》のまま含嗽剤《がんそうざい》を受取って、それを百倍の微温湯《びおんとう》に溶解して、一日十数回使用すべき注意を受けた時、宗助は会計の請求した治療代の案外|廉《れん》なのを喜んだ。これならば向うで云う通り四五回|通《かよ》ったところが、さして困難でもないと思って、靴を穿《は》こうとすると、今度は靴の底がいつの間にか破れている事に気がついた。
宅《うち》へ着いた時は一足違《ひとあしちがい》で叔母がもう帰ったあとであった。宗助は、
「おお、そうだったか」と云いながら、はなはだ面倒そうに洋服を脱ぎ更《か》えて、いつもの通り火鉢《ひばち》の前に坐った。御米は襯衣《シャツ》や洋袴《ズボン》や靴足袋《くつたび》を一抱《ひとかかえ》にして六畳へ這入《はい》った。宗助はぼんやりして、煙草《たばこ》を吹かし始めたが、向うの部屋で、刷毛《ブラッシ》を掛ける音がし出した時、
「御米、佐伯の叔母さんは何とか云って来たのかい」と聞いた。
歯痛《しつう》が自《おのず》から治《おさ》まったので、秋に襲《おそ》われるような寒い気
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