やむを得なければ、思い切って抜いてしまうんですが、今のところでは、まだそれほどでもございますまいから、ただ御痛みだけを留めておきましょう。何しろエソ――エソと申しても御分りにならないかも知れませんが、中がまるで腐っております」
宗助は、そうですかと云って、ただ肥った男のなすがままにしておいた。すると彼は器械をぐるぐる廻して、宗助の歯の根へ穴を開け始めた。そうしてその中へ細長い針のようなものを刺し通しては、その先を嗅《か》いでいたが、しまいに糸ほどな筋を引き出して、神経がこれだけ取れましたと云いながら、それを宗助に見せてくれた。それから薬でその穴を埋《う》めて、明日《みょうにち》またいらっしゃいと注意を与えた。
椅子《いす》を下りるとき、身体《からだ》が真直《まっす》ぐになったので、視線の位置が天井からふと庭先に移ったら、そこにあった高さ五尺もあろうと云う大きな鉢栽《はちうえ》の松が宗助の眼に這入《はい》った。その根方の所を、草鞋《わらじ》がけの植木屋が丁寧《ていねい》に薦《こも》で包《くる》んでいた。だんだん露が凝《こ》って霜《しも》になる時節なので、余裕《よゆう》のあるものは、も
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