里も沖へ出るのに、大変楽なんですとさ。ところがあなた、この日本全国で鰹船の数ったら、それこそ大したものでしょう。その鰹船が一つずつこの器械を具《そな》え付けるようになったら、莫大《ばくだい》な利益だって云うんで、この頃は夢中になってその方ばっかりに掛《かか》っているようですよ。莫大な利益はありがたいが、そう凝《こ》って身体《からだ》でも悪くしちゃつまらないじゃないかって、この間も笑ったくらいで」
叔母はしきりに鰹船と安之助の話をした。そうして大変得意のように見えたが、小六の事はなかなか云い出さなかった。もう疾《とう》に帰るはずの宗助もどうしたか帰って来なかった。
彼はその日役所の帰りがけに駿河台下《するがだいした》まで来て、電車を下りて、酸《す》いものを頬張《ほおば》ったような口を穿《すぼ》めて一二町歩いた後《のち》、ある歯医者の門《かど》を潜《くぐ》ったのである。三四日前彼は御米と差向いで、夕飯の膳《ぜん》に着いて、話しながら箸《はし》を取っている際に、どうした拍子か、前歯を逆にぎりりと噛《か》んでから、それが急に痛み出した。指で揺《うご》かすと、根がぐらぐらする。食事の時には湯
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