でもこの九月から、月島の工場の方へ出る事になりまして、まあさいわいとこの分で勉強さえして行ってくれれば、この末ともに、そう悪い事も無かろうかと思ってるんですけれども、まあ若いものの事ですから、これから先どう変化《へんげ》るか分りゃしませんよ」
御米はただ結構でございますとか、おめでとうございますとか云う言葉を、間々《あいだあいだ》に挟《はさ》んでいた。
「神戸へ参ったのも、全くその方の用向なので。石油発動機とか何とか云うものを鰹船《かつおぶね》へ据《す》え付けるんだとかってねあなた」
御米にはまるで意味が分らなかった。分らないながらただへええと受けていると、叔母はすぐ後《あと》を話した。
「私にも何のこったか、ちっとも分らなかったんですが、安之助の講釈を聞いて始めて、おやそうかいと云うような訳でしてね。――もっとも石油発動機は今もって分らないんですけれども」と云いながら、大きな声を出して笑った。「何でも石油を焚《た》いて、それで船を自由にする器械なんだそうですが、聞いて見るとよほど重宝なものらしいんですよ。それさえ付ければ、舟を漕《こ》ぐ手間《てま》がまるで省けるとかでね。五里も十
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