上の庭へ出て、ブランコへ乗ったり、鬼ごっこをやったりして騒ぐ声が、よく聞えると、御米はいつでも、はかないような恨《うら》めしいような心持になった。今自分の前に坐っている叔母は、たった一人の男の子を生んで、その男の子が順当に育って、立派な学士になったればこそ、叔父が死んだ今日《こんにち》でも、何不足のない顔をして、腮《あご》などは二重《ふたえ》に見えるくらいに豊《ゆたか》なのである。御母さんは肥っているから剣呑《けんのん》だ、気をつけないと卒中でやられるかも知れないと、安之助《やすのすけ》が始終《しじゅう》心配するそうだけれども、御米から云わせると、心配する安之助も、心配される叔母も、共に幸福を享《う》け合っているものとしか思われなかった。
「安さんは」と御米が聞いた。
「ええようやくね、あなた。一昨日《おととい》の晩帰りましてね。それでついつい御返事も後《おく》れちまって、まことに済みませんような訳で」と云ったが、返事の方はそれなりにして、話はまた安之助へ戻って来た。
「あれもね、御蔭《おかげ》さまでようやく学校だけは卒業しましたが、これからが大事のところで、心配でございます。――それ
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