から雲が出て、突然と風が北に変ったように寒かった。叔母は竹で編んだ丸い火桶《ひおけ》の上へ手を翳《かざ》して、
「何ですね、御米《およね》さん。この御部屋は夏は涼しそうで結構だが、これからはちと寒うござんすね」と云った。叔母は癖のある髪を、奇麗《きれい》に髷《まげ》に結《い》って、古風な丸打の羽織の紐《ひも》を、胸の所で結んでいた。酒の好きな質《たち》で、今でも少しずつは晩酌をやるせいか、色沢《いろつや》もよく、でっぷり肥《ふと》っているから、年よりはよほど若く見える。御米は叔母が来るたんびに、叔母さんは若いのねと、後《あと》でよく宗助《そうすけ》に話した。すると宗助がいつでも、若いはずだ、あの年になるまで、子供をたった一人しか生まないんだからと説明した。御米は実際そうかも知れないと思った。そうしてこう云われた後では、折々そっと六畳へ這入《はい》って、自分の顔を鏡に映して見た。その時は何だか自分の頬《ほお》が見るたびに瘠《こ》けて行くような気がした。御米には自分と子供とを連想して考えるほど辛《つら》い事はなかったのである。裏の家主の宅《うち》に、小さい子供が大勢いて、それが崖《がけ》の
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