訳《いいわけ》を半分しながら、嫂《あによめ》の後《あと》に跟《つ》いて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢《ながひばち》の前へ胡坐《あぐら》をかいた。嫂は裁縫を隅《すみ》の方へ押しやっておいて、小六の向《むこう》へ来て、ちょっと鉄瓶《てつびん》をおろして炭を継《つ》ぎ始めた。
「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭《いや》?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」と云いながら立ち上がる拍子《ひょうし》に、横にあった炭取を取り退《の》けて、袋戸棚《ふくろとだな》を開けた。小六は御米の後姿《うしろすがた》の、羽織《はおり》が帯で高くなった辺《あたり》を眺《なが》めていた。何を探《さが》すのだかなかなか手間《てま》が取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃《よ》しにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御
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